イラク戦争・米国の敗北
ドイツでは、「2003年に、米国のイラク侵攻に協力しなくて良かった」という意見が強まっている。
当時のシュレーダー首相はフランスとともに、ブッシュ政権のイラク侵攻に全面的に反対したのだ。
これは、戦後平和主義を好むようになった、ドイツ国民の意思の反映でもあった。
米国では、2006年に共和党が米国議会選挙で敗北したことから、ブッシュ大統領もようやくイラク政策の行き詰まりを認めた。
ラムズフェルド国防長官は、アブ・グライブ刑務所でのイラク人虐待が公になった時にも解任されなかったが、さすがのブッシュ氏も今回は、国防長官の首をすげ替えざるを得なかった。
50万人の将兵を送るべきだと主張した参謀を左遷し、15万人前後の部隊でイラクに侵攻したのは、ラムズフェルド氏の責任である。
十分な数の将兵を派遣しなかったことが、今日の事態を招いている。
イラク侵攻の大義名分だった、大量破壊兵器も、アル・カイダとの繋がりも全く見つからなかった。
イラク情勢は悪化する一方だ。
現地ではすでに3000人の米軍兵士が死亡しているほか、多くのイラク市民が連日のように起こる爆弾テロの犠牲となっている。
自動車爆弾で20人前後の市民が殺害されても、新聞のベタ記事にしかならない。テロが日常茶飯事になっているのだ。
ドイツでは、「イラクではすでに、シーア派、スンニ派、クルド人勢力が事実上の内戦状態にある」という見方が強い。
侵攻から3年以上経った今も、イラク政府は脆弱であり、イラク軍や警察も、独り立ちできる状態ではない。
ブッシュ大統領が、すでに引退しているベーカー元国務長官らに、イラク政策に関する助言を求めたことも、ホワイトハウスの政策の貧困を示している。
ベーカー氏の諮問委員会は、2008年までに米軍を段階的に撤退させることを勧告したが、その背景にはこれ以上の米軍将兵の犠牲を防ぐために、イラクの治安確保はイラク人に担当させるべきだという思惑がある。
ちょうど、米軍が南ベトナムから手を引いたように。
しかし、今日のイラクの混乱を引き起こしたのは、ブッシュ政権である。
このため、ドイツなど欧州諸国からは「米国は責任を取って、イラクの治安を確保するべきだ」として、時期尚早な撤退に反対する意見が出始めている。
今米国がイラクから撤退したら、内戦が本格化するだろう。
イランやシリアなどの周辺諸国がイラクに軍事介入して、かつてのレバノンのような事態が起こるかもしれない。
イラクの治安が崩壊して、タリバン政権下のアフガニスタンのように、イラクが国際テロ組織の温床となる可能性もある。
内戦が本格化すれば、イラク市民の犠牲はさらに増えるだろう。
中東のパンドラの箱を開けてしまった米国には、きちんと後始末をつけてもらいたい。
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)筆者ホームページ http://www.tkumagai.de
保険毎日新聞 2006年12月